瑞宝太鼓、ふたたび。


 36年前、雲仙岳の麓、眼下に有明海を眺望する雲仙市(当時、瑞穂町)に日本初の知的障がい者の職業訓練校「長崎能力開発センター」が開校した。身の回りのことを自分でできるように自立し、集団生活・社会生活に適応するための訓練を行う全寮制の学校だ。そこに、リハビリ的な活動として太鼓のクラブが誕生した。
 全身を楽器の一部のようにして演奏する和太鼓は生徒たちを魅了し、熱心な生徒は卒業後もクラブに集まってくるようになった。地元の和太鼓グループもこのクラブを応援し、生徒たちはひたむきに練習を積み重ねた。
 島原半島の太鼓連盟や地域のイベントにも積極的に参加し、腕を磨いては活動の場を広げていった彼らは、ついにバルセロナやシドニーのパラリンピックをはじめ、アメリカ、スウェーデンなど海外でも公演するまでになった。
 年間の公演回数が50回を超えてきた2001年、日本で初めての知的障がい者によるプロの芸能集団として誕生、『瑞穂町の宝』になるようにと『瑞宝太鼓』と名付けられた。彼らは10代で親元を離れ、共に学んできた仲間同士。興業だけでなく刑務所・少年院、被災地支援などのボランティア公演で全国を飛び回り、太鼓奏者として年間130回の公演、4万人を超える観客を動員する。彼らのひたむきな努力と確かな技術、豊かな表現力と純粋な姿勢は全国にファンを広げている。
 団長の岩本さんは、7歳で施設に預けられた。数年前に同じ訓練センターで知り合った女性と結婚し、いまは長男と3人でアパート暮らし。本拠地である長崎を中心に、100名近い後輩たちへの太鼓指導に取り組んでおり、同様の障がいを持つ若者たちの憧れであり、努力目標にもなっている。INCLUSION(=包み込む社会)という言葉がある。障がい者が施設で暮らすのではなく、地域社会でともに暮らす。知的障がいを乗り越えた瑞宝太鼓の物語は数年前に「幸せの太鼓を響かせて」という映画に描かれて多くの反響を呼んだ。
 今年3月、突如その瑞宝太鼓が東金市のふれあいセンターで演奏をした。1か月前に日程が決まり、急ごしらえで公演に漕ぎつけた。今回は、より多くの人に感動と希望を与えることができるように、前回より大きめの会場が準備されている。