地域を干害から救う。   ―両総用水と十枝雄三―

 「両総用水」は7市(香取・成田・匝瑳・山武・東金・大網白里・茂原)、6町(神崎・多古・横芝光・九十九里・白子・一宮)、1村(長生)にまたがり、実に80㎞にわたって千葉県を縦断する大規模な用排水事業です。この用排水事業のおかげで水を引くことができる農地は、約17600haにのぼり、千葉県の水田面積の実に20%に及ぶものです。
 この事業の礎を築いたのは十枝雄三(とえだゆうぞう)翁です。昭和8年、東金と大網にまたがる旧福岡村の村長だった十枝氏は、地域の水不足を解消するために真亀川、南白亀川の改修工事や小中池の築造に尽力しました。昭和15年に干害に苦しむ山武郡の町村長らに呼び掛けて山武郡干害町村長協議会を招集、これを基盤に香取・山武・匝瑳・長生地区の4郡51ヶ町村を結集させ、翌昭和16年に千葉県両総用排水改良事業期成同盟連合会を結成しました。そうして利根川から九十九里平野へ水路を引くという壮大な計画の実現に向けて、予算確保のために県や国に対する粘り強い要請交渉が始まりました。千葉県の議会では満場一致でこの計画案を決議しましたが、時の政府がなかなか事業を認めようとしませんでした。事業経費が巨額すぎるのと、たいへんな歳月を要するという点が問題とされたからです。
 それでも地域を干害から救う為にはこの計画を実現するしかありません。我慢強い交渉が何年も続いたのちに政府も事業案を決議し、やっとの思いで着工に漕ぎつけます。しかし、戦後の混乱の中で資金・資材も不足して事業が中断するなど、様々な困難に突き当たります。幾多の苦難を乗り越えた末に両総用水が完成したのは昭和40年のこと。総予算60億円にも達する空前の大規模事業となったのでした。
 幾多の試練を乗り越え、地域の発展の原動力となった「両総用水」。
 十枝翁は大綱白里市の名誉市民として今もその功績が語り継がれています。また、『両総用水』は農業や地域振興、歴史・文化・伝統及び景観等が評価されて平成18年に「疎水百選」に選ばれました。

西部幹線工事の様子

西部幹線工事の様子

苦労の様子が伺える、 昔のかんがいの様子

水路橋建設の様子


〈取材協力〉
両総土地改良区(水土里ネット両総)
http://www.ryoso-lid.or.jp/