古き良き時代の商人歌が 吉日を彩る。    むかしがたり

 東金市の田間地区は、近年人口がじわじわと増え住宅地の装いが強くなってきているが、田間神社で隔年に2年に1度行われている神幸祭の熱気でも感じられるように、地区自体の歴史は古い。
 江戸時代の商人がえびす講をまつったこの歌からも、当時の民衆の活発な様子が感じ取れる。

「田間の古歌」(七福神の唄)
一、藤七が今年初めて田を作り
  その田が当りて八穂咲き
  丈が六尺穂が五尺
  奥の屋敷には蔵七つ
  御蔵の番をば誰がする
  一に大黒二に恵比須
  枡はいらんで箕ではかる
  はあ目出鯛な目出鯛な
  「芋の煮ころがしゃいいもんだ
  親に子が付き子に孫が付く」

二、藤七が今年初めて出作り
  その山当りて御用松
  三蓋松には花が咲き
  松に小判が成り下がる
  小判の番をば誰がする
  一に福禄二に毘沙門
  金の熊手でかきあつめ
  はあ目出鯛な目出鯛な
  「芋の煮ころがしゃ…(略)」


三、藤七か今年初めて嫁もろた 
  その嫁当りて布を織る
  八反八反十六反
  裏の竹の山銀の竹
  さらす布の番誰がする
  弁財天女は福の神
  指尺ではからず目ではかる
  はあ目出鯛な目出鯛な
  「芋の煮ころがしゃ…(略)」

四、藤七が今年初めて竃付く
  その釜当りて八の膳
  米麦粟は三の膳
  あとの五膳は芋の膳
  御膳の番をば誰がする
  一に布袋で二に寿老
  金の茶碗に銀の箸
  はあ目出鯛な目出鯛な
  「芋の煮ころがしゃ…(略)」


五、藤七がこの家座敷で舞い踊り
  御玉みがいて苗植えて
  金の稲穂に銀の粒
  福の神そろうて舞踊る
  長浜長浦豊年で
  道の小草に銀の露
  はあ目出鯛な目出鯛な
  「芋の煮ころがしゃ…(略)」


多くの芋のはやし唄あり。子孫の繁栄を祝うほめ唄であり農民歌である。藤七とは武士を捨て百姓になった者の隠語。「芋穀は喰えるが家柄は喰えめえ」等の悪口もある。)
《寄稿》醍醐野童(禁無断転載)