ふたつと同じものは存在しない

 NHKの朝ドラの主題歌にもなっている「雨のちハレルヤ(ゆず)」という歌には、佐藤和哉という気鋭の篠笛奏者による「さくら色のワルツ」という風情の違う原曲があるのをご存じだろうか。
 竹筒に穴を開けただけの素朴な構造の篠笛は、歌舞伎や長唄、浄瑠璃などの伝統芸能や祭囃子、民謡などの伴奏に広く使用されてきた和楽器である。最近ではアニメや日本食など、さまざまな日本の文化が海外で注目されているが、こうした伝統的和楽器もまた、世界中に広がりを見せている。佐藤氏をはじめ、世界で活躍するプロの演奏家の実に9割が使用している「蘭情管(らんじょうかん)」といわれる篠笛があると聞いた。
 蘭情さんは旧成東町南郷地区の生まれ。小学3、4年生のとき、お囃子を奏でる近所の大人たちを真似て自分で笛を作って吹いてみたという。18歳で就職して地元を離れていたが、26歳の時に笛の世界と再会する。途絶えていた地元の祭りが復活するというので「いい機会だから」とふたたび笛を自作して臨んだ。
 蘭情さんは誰か師匠に就いて笛の制作を習ったわけではない。素材選びや加工はもちろん、構造や使い勝手を独学で学び、ひたすら研究に没頭した。海外でも評価の高かった和太鼓集団「鼓童」の奏者に自作の笛を使用して貰い、改良を加えて行ったという。それが縁で自らも「鼓童」と一緒にワークショップに参加し、和笛の魅力を広める活動もした。
 元来、笛は自然木から作るのでふたつと同じものは作れない。構造が単純なだけに演奏するときも吹く人が自らの技術で笛に合わせるしかなかった。しかし蘭情さんの笛は、吹く人の要望をひとつ叶えるごとに改良を繰り返し、より吹きやすい楽器として進化してきた。能楽の笛方 一噌幸弘氏より「西洋音階で吹けるようにして欲しい」とのリクエストがあった十数年前から、ついに笛の内部構造そのものも変えてしまう挑戦が始まった。こうして蘭情さんの手によって、篠笛が世界に通用する楽器に進化してきたのだ。
 「蘭情管」にはその製造番号ともいえる自筆の文字が描かれている。その笛を作った年の干支、そして蘭情さんの探求の過程を表す一文字が添えてあるのだ。自らの技術の進化の過程を、天竺を目指した西遊記の玄奘三蔵の旅になぞらえてその時代その時代の最高の証として一文字を選んで書き込んでいる。
 元サッカー日本代表の中田英寿氏が自身のサイト「Revalue NIPPON Project(http://nakata.net/rnp/area/264/)」で蘭情さんを訪れたとき、彼のインタビューに蘭情さんは『僕の場合、独学だったのが大きかったですね。試行錯誤を経て、失敗から学んでいったんです。師匠に就くと、その作り方しかわからないですから』と答えている。
 工房は、週末の夜には篠笛の練習場として解放している。蘭情さん自らその子にあった笛を見立て、無償で指導しているという。かつて近所の集会所から聞こえてきたお囃子の音に憧れを抱いたワクワク感を一人でも多くの子どもたちに伝えたい。こうして、何年もやっていると、中にはプロ顔負けの演奏をする子も現れるのだという。
 工房の一画にじっと腰をおろして一本一本手作業で「蘭情管」を作り続ける蘭情さん。先日ようやく二千本を突破したという。