むかし がたり

東金地方の民話  ~三っ切れこうこに一膳飯~

 昔、黒船が九十九里の沖に見えた頃だってよ。そん頃一番えれえ話は、真忠組のこったっぺよ。あんでもすげえ悪党どもでな、天下様もひっくりがえす騒ぎだったってよ。
 そん時の親玉が楠音次郎「野州烏山産」と三浦帯刀「下総佐原産」いずれも浪士だったってよ。小関村新田の大村屋伊八て家さ陣取ってな、八日市場から茂原までの、百姓の次男三男から博徒まで、世直しをすっかんと言ってな、民兵に仕立てたんだってよ。槍や鉄砲火縄銃、刀なぎなた鳶口つぶて、武器はいっぺえあったってよ。名主や村役殿に、金出せ米出せ、娘出せ。
 悪いことするやつはいつか罰があたる、殿様に捕まって田間の辻堂で首切られたってよ。そん時のザレ唄聞いてみっか。

―― あァうるさいな うるさいな
  一夜明ければ浪人が 大小差していかめしく
  あちらこちらへ押込んで 槍鉄砲で脅かし
   ほどこす費用の金を出せ いやじゃなんぞとづぐねると
  切るの殺すの 撃るのと
  言いたいことを言いちらし 尚その上にどうなるか
  葵の御紋が現れて 悪魔外道を打ち払い
  西の海へと思へども まず「新開」のことなれば
  作田川へさらり

 そん時だってよ、首切り場にな田間ん人が、かわいそうだってな、一膳飯とたくあんこうこを三つ切れ供えたってよ。
 それかんな上総東金ん人はな一っぺえの飯と三っ切れこうこは、出すんじゃねえと云われるようになったってさ。
 一ぺえ飯はくうもんじゃねえ、三っ切れこうこは、はさむじゃねえぞと言ってんべえ。そんな事すっと、あそこん嫁は、おらぁを殺す気だて騒ぎたてられたってよ。
 そっかんな首を切られた胴体は辻堂のそばの塚に埋めてな、首は片貝にさらされていたけんが夜の闇に身内がもっていったってよ。
 片貝の寺に楠と三浦の供養塔があっぺえ。楠音次郎の首を埋めた墓は成東にあっぺよ。
 昔の者はよ、真忠組と聞いただけ
で泣く子もだまり、ふとん被ってふ
るえてたってよ。


  「壷閉めた」終
  醍醐野童見聞(禁無断転載)